大阪地方裁判所 昭和38年(ワ)2431号 判決 1969年5月14日
原告(反訴被告) 後藤小夜子
被告 土田吉清
被告(反訴原告) 堂島観光株式会社
主文
被告土田吉清及び被告(反訴原告)堂島観光株式会社は各自原告(反訴被告)に対し金三二三万四、三七三円及び右金員中金二〇〇万円につき昭和三七年六月一五日から完済まで年五分の割合による金員を、残金一二三万四、三七三円につき昭和三八年五月九日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。
原告(反訴被告)は被告(反訴原告)堂島観光株式会社に対し金一八万五、八九二円及び右金員につき昭和三八年四月一六日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。
原告(反訴被告)の被告土田、被告(反訴原告)堂島観光株式会社に対するその余の請求及び被告(反訴原告)堂島観光株式会社の原告(反訴被告)に対するその余の請求はいずれも棄却する。
訴訟費用は本訴につき被告土田、被告(反訴原告)堂島観光株式会社の連帯負担とし、反訴につき被告(反訴原告)堂島観光株式会社の負担とする。
この判決の第一、二項は仮りに執行することができる。
事実
第一、当事者の求める裁判(以下原告・反訴被告を単に原告と、被告・反訴原告堂島観光株式会社を単に被告会社という)
一、原告
(一)、被告等は連帯して金三三五万六、〇二五円及び右金員中金二〇〇万円については昭和三七年六月一五日から、残金一三五万六、〇二五円については昭和三八年五月九日から各完済まで年五分の割合による金員を支払え。
(二)、被告会社の原告に対する反訴請求を棄却する。
(三)、訴訟費用は本訴反訴を通じて被告等の負担とする。
(四)、第(一)項につき仮執行の宣言。
二、被告土田
原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とする。
三、被告会社
(一)、原告の本訴請求を棄却する。
(二)、原告は被告会社に対し金六三万三、五〇〇円及びこれに対する昭和三八年四月一六日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。
(三)、訴訟費用は本訴反訴を通じて原告の負担とする。
(四)、第(二)項につき仮執行の宣言。
第二、当事者の主張
一、原告の主張
(本訴請求の原因)
(一)、原告は昭和三七年六月一五日、大阪市北区絹笠町五五番地家屋番号同町第七五番鉄筋コンクリート造陸屋根四階建事務所一棟(以下、本件ビルという。)の内地階(以下本件貸室という。)を、名義上被告会社から、実質上は被告土田から、左の約定で賃借した。
(1) 、原告は本件貸室でカフエー営業をする。
(2) 、原告は被告土田に建設協力保証金名義で敷金三五〇万円を支払う。但し原告は内金二〇〇万円を契約成立と同時に被告土田に支払つた。残金一五〇万円はなるべく早期に支払うこととし、完済までは右残金につき月一分の割合による金員を支払う。
(3) 、被告土田は原告に対し本件ビル地階南の空地一八坪並びに本件ビル西南部にあるトタン葺木造平家建建物約六坪の無償使用を認める。
(4) 、賃料は坪当り四、〇〇〇円で毎月八万四、〇〇〇円とするが、昭和三七年一二月までは毎月六万円に減額する。
(二)、ところで、法人格は法律生活及び経済生活において正当な目的を達成させるための技術的配慮による法の擬制であり、この法の擬制は公共の利益、正義の目的に役立つため認められたものである。従つて、之が濫用されるときは法人格を否認し、背後にある実体をとらえて責任を負わせるべきことは当然のことである。被告土田は本件ビル内にある訴外土田ビルデイング株式会社の代表取締役であり、本件ビルは同訴外会社の所有であるとして本件ビル地階を被告会社に賃貸し、被告会社は右のうち本件貸室を原告に賃貸したものであるが、被告会社は税金も払わず株主への配当もしていないばかりか、代表取締役尾形一江、取締役角矢道彦、同青木英仁は、単に名前を貸しているにすぎず会社の経営には一切関係していない。被告会社には所有不動産もなくその他財産も全く見あたらず、事務所すら存在しない。一方被告土田は、被告会社の監査役ということになつているが、本件貸室に関する一切の交渉を自らしており実質上経営者の地位にある。即ち、本件貸室の賃貸借契約書(乙第一号証)、敷金領収証(甲第二一号証)は被告土田が自ら作成し、原告との本件貸室の賃貸借契約に至るまでの交渉はもとより、その後の内部改装の問題、入居後の風俗営業許可の問題等すべてにわたつて被告土田が自らこれを行つており、通告書(甲第一九号証)は被告土田が自分の法律事務所の事務員に書かしたものであり、未払敷金についての金利の支払(甲第一二号証)、月々の賃料、電気ガス水道料等の受領はすべて被告土田又は被告土田の法律事務所事務員がなしてきたものである。以上のような次第で、被告会社は、被告土田が自己の経済活動の便宜のために設立したもので会社としての生活の実体はなく、たとえ登記簿上存在するとしても法人格を賦与するに値しないものであり、法人格を否認し、実体に即し、本件貸室賃貸借契約の当事者は被告土田と認めるべきである。
尚被告会社も被告土田と同時に契約の当事者であるというべきである。
(三)、原告は、本件貸室賃貸借契約後直ちに入居しカフエー営業のため本件貸室を改装し、昭和三七年七月八日風俗営業取締の所轄官署である天満警察署に風俗営業取締法、同法施行条例に基く風俗営業許可申請の手続を相談したところ、地主家主の承諾書、建築基準法第七条に基く建物竣工検査済証の提出を求められた。原告は直ちに被告土田にその旨連絡し協力を求めたところ、被告土田はこれらの書類を発給するといいながら遂に発給しなかつたので、原告は、昭和三八年一月に至り、被告土田においてこれらの書類を整備することができず、そのために、原告においてカフエー営業の許可を得ることが不可能であることを知つた。
他方、昭和三七年一〇月三〇日付の書面(甲第四号証)で訴外兵庫建設株式会社から原告に対し、被告土田又は被告土田並びにその親族が代表者である法人に対し本件貸室についての賃料を支払わないようにとの通知があり、さらに、同年一二月二〇日付の書面(甲第五号証)で右訴外会社から原告に対し再度賃料等の支払禁止、明渡並びに損害賠償請求の催告があつて、本件貸室を含む本件ビルは登記簿上訴外会社の所有名義であり、同訴外会社は被告土田及び訴外日本鋼材株式会社(代表者代表取締役被告土田)を相手取つて大阪地方裁判所に建物明渡請求訴訟が係属中であることが判明した。
さらに、右訴外会社申請に係る大阪地方裁判所昭和三八年(ヨ)第一四四号仮処分事件により、原告は同年二月二日に本件貸室の現状変更禁止の仮処分決定を受けた。
(四)、本件貸室の賃貸借の目的はカフエー営業であるにかかわらず、本件ビルは建築基準法に基く検査未了で使用できない建物であり、被告等はいずれも貸主たる正当権原が証明できないため、原告は賃貸借の目的を遂げることができないものである。従つて、原告は被告土田並びに被告会社の右債務の不履行を理由に、被告土田並びに被告会社に対し昭和三八年五月六日付内容証明郵便で本件貸室の賃貸借契約を解除する旨の意思表示をし、右意思表示は同月八日被告土田並びに被告会社に到達した。よつて、原被告等間の本件貸室賃貸借契約は同日限り終了したものである。
(五)、原告は右契約解除に伴い次のとおり被告土田並びに被告会社に対し請求権を有する。
(1) 原状回復請求権
(イ) 金二〇〇万円、但し、原告が被告土田に対し建設協力金名義で支払つた敷金。
(ロ) 金一一万二、五〇〇円、但し、原告が未払建設協力金名義の敷金一五〇万円につき月一分の割合によつて被告土田に支払つた、昭和三七年六月半月分、同年七月分以降昭和三八年一月分まで七・五カ月分の金員。
(2) 損害賠償請求権
(イ) 金一〇一万八、〇〇〇円、但し、本件貸室改装工事費として施工者株式会社西脇建築デザインルームに対し昭和三七年六月一六日、七月一一日、七月一二日に支払つた金員。
(ロ) 金二万三、七六五円、但し、本件貸室配線工事費として施工者芝電気株式会社に対し昭和三七年八月一五日に支払つた金員。
(ハ) 金六万六、五〇〇円、但し、本件貸室内クーラー設置工事費として施工者株式会社小野勝商店に対し昭和三八年一月一六日に支払つた金員。
(ニ) 金七、〇〇〇円、但し、風俗営業許可申請手続手数料として吉田定雄に対し昭和三七年一〇月頃に支払つた金員。
(3) 不当利得返還請求権
(イ) 金一一万二、九四〇円、但し、本件貸室の賃料は坪当り四、〇〇〇円で二一坪の約定のところ、現実には一三坪九勺しかなかつたので、二一坪分として支払つた賃料(昭和三七年六月半月分、同年七月分ないし一二月分までは各金六万円、昭和三八年一月分及び、二月分は各金八万四、〇〇〇円)との差額。
(ロ) 金一万五、三二〇円、但し、昭和三七年六月一五日から昭和三七年一二月末日までの電気料金過払分。
以上のとおり、原告は被告土田並びに被告会社に対し合計金三三五万六、〇二五円の請求権を有する。よつて、原告は賃貸人としての被告土田並びに被告会社に対し右金員の支払と、内敷金二〇〇万円については交付の日である昭和三七年六月一五日から支払済まで、民法第五四五条第二項による年五分の割合による利息を、残金一三五万六、〇二五円については賃貸借契約解除の意思表示とともになした右金員支払請求の意思表示が被告土田並びに被告会社に到達した日の翌日である昭和三八年五月九日から支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
(六)、仮りに被告土田のみが契約の当事者であるとしても、被告会社は名義上の貸主として、原告と被告土田との本件貸室賃貸借契約当時、右契約に関連して発生する被告土田の債務を併存的に引受けたものである。よつて原告は被告会社に対し被告土田と連帯して第(五)項の金員を支払うことを求める。
(七)、仮りに被告土田は貸主ではなく、被告会社が貸主だとすると、原告は被告会社に対しては契約の当事者として第(五)項の金員の支払を求め、被告土田に対しては予備的に次の原因に基いて第(五)項の金員の支払を求める。
(1) 、被告土田は、原告と被告会社との賃貸借契約当時、被告会社の右契約に関連して発生する債務について併存的に債務を引受ける旨の契約をしたものである。
(2) 、被告土田は被告会社の使用人として、原告がカフエー営業ができないのにできるものと誤信させて被告会社名義で賃貸借を締結させ、敷金、改装費等を出損させ又実坪数以上の賃料並びに水増電気料金を出損させたものであり、これは被告土田の故意又は過失による不法行為であつて、原告はこれによつて金三、三五六、〇二五円の損害をこうむつたので賠償を求める。
(3) 、被告土田は被告会社の監査役であつて業務執行を担当できないのにこれに反して業務に関与し、又職務を行うにあたり本件ビルは建築基準法に基く検査未了であり、登記簿上も訴外兵庫建設株式会社の所有で同社と係争中であり、原告がカフエー営業を行なうことができないことを知りながらこれを秘し、被告会社と原告との間で本件貸室賃貸借契約をさせ、賃貸坪数不足にもかかわらず水増賃料並びに水増電気料金を徴収し、もつて原告に金三三五万六、〇二五円の損害をこうむらせたものである。よつて原告は被告土田に対し商法第二八〇条、第二六六条の三に基き同額の支払を求める。
(被告等の抗弁についての答弁と再抗弁)。
被告等の抗弁(一)の事実は否認する。同(二)の事実中、年賦償還の約定のあつたことは認める。但しこれは賃貸借が継続している場合又は賃借人が自己の都合により解約する場合に適用があるものであり、賃貸人の責に帰すべき理由で賃貸借を解除する場合には適用されず、この場合には賃貸借の終了と同時に返還期限は到来するものである。
(反訴請求についての抗弁)
(一)、反訴請求金中賃料は昭和三七年六月一五日から昭和三八年二月分まで(三七年中は月額六万円、三八年は月額八万四、〇〇〇円)支払(過払)済であり、右期間の電気料等の附帯費用も支払済である。
(二)、昭和三八年三月から賃貸借終了時までの賃料は、貸主において債務の本旨に従つた提供がなかつた以上支払の要なきものであり、未払敷金についての金利もその性質上、解除されたからには全く支払を要しない。
二、被告等の主張
(本訴請求の原因に対する答弁)
(一)、請求の原因第(一)項の事実中被告会社が原告に対し昭和三七年六月一五日本件貸室を原告主張の(2) (3) (4) の条件で賃貸したことは認める。但し賃料は坪当りいくらとして決定したものではなく全体について原告主張の金額としたものであり、又坪数に不足はない。
(二)、請求の原因第(一)(二)項の事実中、原告と被告会社間の本件貸室賃貸借の目的がカフエー営業の目的であること並びに被告土田が賃貸借契約の貸主であることは否認する。
原告は当時宝塚歌劇団員であり、後援者の親睦会合の場所に使用するとのことであつた。もつとも昭和三八年になつてから原告はカフエー営業をしたいので承諾してくれといつてきたことがあるが被告会社はこれを拒否した。
(三)、請求の原因第(三)項の事実中、本件貸室を含む本件ビルは登記簿上訴外兵庫建設株式会社の所有名義であり、訴外会社は被告土田及び訴外日本鋼材株式会社(代表者代表取締役被告土田)を相手取つて大阪地方裁判所に建物明渡請求訴訟が係属中であること、並びに原告が主張の仮処分決定を受けたことは認める。
請求の原因第(三)項のその余の事実は不知。
(四)、請求の原因第(四)項の事実中、原告が被告土田に対し昭和三八年五月六日付内容証明郵便で本件貸室の賃貸借契約解除の意思表示をし、右意思表示が同月八日被告土田に到達したことは認める。しかし契約の当事者でないものに対する右意思表示は無効である。
請求の原因第(四)項の事実中その余の事実は否認する。
(五)、請求の原因第(五)(六)(七)の事実は否認する。
(被告等の抗弁)
(一)、原告は被告会社に何等の連絡もなく昭和三八年四月一四日と四月一六日の両日に亘り荷物を搬出して立去り、賃借権を放棄したものである。又本件ビルは訴外日本鋼材株式会社の所有であつたところ、訴外土田ビルデイング株式会社が譲り受けたものであり、被告会社は訴外土田ビルデイング株式会社から賃借し、同社の承諾を得て本件貸室を被告会社に賃貸したものである。従つて被告会社の責に帰すべき履行不能はない。
(二)被告会社が受領した金二〇〇万円の建設協力保証金は単純な敷金というものではなく、賃料等の支払の担保と無利息の消費貸借を兼ねた無名契約であり、賃貸借の終了の有無と無関係に昭和四二年から向う一〇年間に年賦償還すれば足るものである。殊に賃貸借の終了の場合でも、賃借後三ケ年以内に賃借人の都合で解約したり或は賃借権を放棄することによつて生じた本件の如き場合には契約条項第三条により二割五分を控除した金員につき年賦償還の方法により返還すればよいものである。
(被告会社の反訴請求の原因)
(一)、被告会社は原告に対し昭和三七年六月一五日から昭和三八年四月一六日まで本件貸室を賃貸してきたが、原告は右契約上つぎの未払債務がある。
(1) 、金三五万四、〇〇〇円但し、昭和三七年一二月分(六万円)、昭和三八年一月ないし四月一五日まで(一月あたり八万四、〇〇〇円)の未払賃料。
(2) 、金一五万六、〇〇〇円、但し本件貸室の賃料は月額八万四、〇〇〇円のところ、昭和三七年六月一五日から同年一二月分までは原告が月当り六万円ずつを遅滞なく支払つた場合には残額を免除する約定であつたが、原告は同年一二月分を支払わなかつたので、差額月額二万四、〇〇〇円の六・五ケ月分。
(3) 、金六万七、五〇〇円、但し未払建設協力保証金一五〇万円についての、昭和三七年一二月から昭和三八年四月一五日まで四・五月分の月一分の割合の金員。
(4) 、金五万八、五〇〇円、但し昭和三七年一二月分から昭和三八年四月一五日まで四・五ケ月分の月額一万三、〇〇〇円の割合の電気代等の附帯使用料。
(二)、よつて被告会社は原告に対し右合計金六三万六、〇〇〇円のうち金六三万三、五〇〇円及びこれに対する賃貸借終了の日である昭和三八年四月一六日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
第三、証拠<省略>
理由
一、原告が、昭和三七年六月一五日、契約書のうえで、被告会社を貸主として、本件貸室を、(1) 原告は被告会社に対し建設協力保証金として金三五〇万円を支払うこと、但し内金二〇〇万円は同日支払済であり、残金一五〇万円はできるだけ早く支払うこととし完済までは残金に対する月一分の割合による金員を支払うこと、(2) 被告会社は原告に対し本件ビル地階南の空地一八坪並びに本件ビル西南部にあるトタン葺木造平家建建物約六坪の無償使用を認めること、(3) 賃料は毎月八万四、〇〇〇円とするが、昭和三七年一二月までは毎月六万円に減額すること、との条件で賃借したことは当事者間に争がない。
二、原告は、本件貸室賃貸借の目的は原告においてカフエー営業をなすことにあり、賃貸人たる被告土田ないし被告会社は、原告の右営業を可能にすべき債務を負つている旨主張するので判断する。成立に争いのない甲第二、三、七号証、証人木下茂和並びに原告本人の各供述によつて成立を認める甲第一三号証の一、二、三、原告本人尋問の結果によつて成立を認める甲第五号証、第一四、一五号証の各一、二、証人大崎泰三、菅生謙三並びに原告本人の各供述によつて成立を認める甲第一六号証の四、被告土田本人尋問の結果の一部によつて成立を認める乙第二、三号証に、証人渡辺武二(第一、二回)、勝資朗(第一、二回)、藤井禧侑、大崎泰三、井上薫、木下茂和、菅生謙三の各証言並びに原告(第一、二回)、被告土田(一部)各本人尋問の結果を総合するとつぎの事実が認められる。原告は宝塚歌劇団団員であつたが同劇団を退団してカフエーを経営したいと希望し、昭和三七年一月頃訴外藤井禧侑にカフエー営業に適する店を探してくれるように依頼した。そこで、訴外藤井は、種々物色中、訴外勝資朗から被告土田(訴外株式会社土田ビルデイングの代表取締役であり、被告会社の監査役として登記されており、本件ビルは右訴外会社の所有であるとして、本件ビル中本件貸室を被告会社に賃貸していると主張しているものである。)が本件ビル地階の本件貸室で営業をするものを探していると聞き知り、昭和三七年四月頃、原告を同道して被告土田と会つて本件貸室を見た。その際、被告土田は以前にも本件貸室を喫茶・割烹営業のため賃貸していたこともあつて、「よくはやるところだ」という趣旨の説明をした。その後、原告は、被告土田と数回にわたつて折衝の後、昭和三七年六月一五日本件貸室を賃借し、直ちにカフエー営業のため内部改装・室内装飾・電気配線、クーラー設置工事等をほどこし、椅子、テーブル等を持ちこんでいわゆるカフエー営業をする準備をした。被告土田は右工事に当つては工事施工者に会つて内装、色彩・じゆうたん等について意見をのべたり、指図をして原告に協力した。カフエー営業の準備は昭和三七年七月一一日完了したので、原告は翌一二日から「御山」という商号で開店することとなつた。被告土田は、開店に先立つて見学のために原告を風俗営業のバアー二、三軒を案内してまわつた他、開店に際しては、花輪及びウイスキーを開店祝といつて原告に贈り、自身開店祝に出席した。同日以来原告はカフエー営業をしてきたが、勿論被告土田は何等異議をのべなかつたし、これに先立ち、原告が昭和三七年七月九日、天満警察署に風俗営業許可申請手続の相談に行つたところ、土地家屋所有者の承諾書、建築確認書、建築検査済証等の添付を要するとの説明を受けたので被告土田にその旨連絡して協力を求めたところ、被告土田は翌日原告を同道して同署に赴き「右書類はすぐに提出するのでカフエー営業を許可してほしい。」旨の口添えをした。昭和三七年九月下旬頃、予め被告土田において起案してあつた契約書に基き、訴外井上薫を保証人として、原告を借主とし、被告会社を貸主とする本件貸室賃貸借契約書(乙第一号証)が作成された。そして原告は、訴外勝資朗、大崎泰三を通じたり、或いは自身で、被告土田と折衝してカフエー営業許可申請に要する右各書類の交付を要望し、昭和三七年一二月下旬頃には菅生謙三弁護士に依頼して被告土田と折衝してもらつたところ、被告土田は賃貸人としてなすべき処置を速やかに協力すること、正式にカフエー営業の許可がおりるまでは昭和三八年一月分以降も賃料を六万円に減額することを約束した。しかし被告土田は昭和三八年一月末に至つても遂に右書類を原告に交付し得なかつたばかりでなく、本件ビルの所有者と称する訴外兵庫建設株式会社より原告に対し明渡の訴を提起する旨の通知があり、引続き同年二月二日には現状維持の仮処分決定を受けるに至つた。以上の事実が認められ、右認定に反する被告土田本人尋問の結果の一部は措信できず、他に右認定を動かすに足る証拠はない。
右認定事実によると、原告はカフエー営業をするために適当な場所を探しており、本件貸室がそれにふさわしいとして賃借することとしたもので、被告土田も右原告の意図を了解して、カフエー営業に適する趣旨の発言をし、原告のカフエー営業のための内部改装にあたつては種々意見をのべ指図をして協力し、開店に先立ち原告を風俗営業のバアーに案内して見学させ、開店にあたつては開店祝を贈り、又開店祝に出席しており、又原告がカフエー営業をするについて何等異議をのべず、そのことを前提とした上で、カフエー営業許可申請に要する書類の交付について折衝しているものである。してみると、原告並びに被告土田の言動はすべて、原告が本件貸室でカフエー営業をすることを了解した上でのものであつて、本件貸室賃貸借契約の目的は原告のカフエー営業のためであると解するのが相当であり、従つて本件貸室の賃貸人たる被告土田並びに被告会社(いずれも賃貸人の地位にあると解すべきこと後に判断するとおりである。)としては、カフエー営業の許可申請に必要な書類を原告に交付し、かつ、原告をして同営業を継続させうる状態にする債務を負つているものというべきである。(尚本件賃貸借契約書(乙第一号証)には、本件貸室の使用目的が何であるかについて触れていないが、その第六条において、「其の営業目的以外の用途に之を使用しない。」とあり、営業目的について何等かの合意があつたことを推認でき、右営業目的は前判示のとおり、カフエー営業にあつたと解される。)
三、原告は、被告土田並びに被告会社には賃貸人として本件貸室賃貸借契約上の右債務の不履行があつたので解除したと主張し、賃貸借の終了等を原因とする諸請求をしている。そこでまず、賃貸借契約上の債務ないし賃貸借の終了等に伴う諸債務を負担すべきものとしての賃貸借契約上の貸主について本件ではどのように考えるべきかにつき審究する。
前判示認定事実に、いずれも成立に争いのない甲第二、三号証、第六ないし第一一号証及び乙第一号証、官署作成部分は真正に成立したものと推定すべく、その余の部分は原告本人尋問の結果(第一回)により成立の真正を認めうる甲第一八号証の一、証人勝資朗(第二回)の証言、原告(第一、二回)、被告(一部)各本人尋問の結果に弁論の全趣旨を総合するとつぎの事実が認められる。本件ビルは訴外日本鋼材株式会社(代表取締役被告土田)を注文主とし訴外兵庫建設株式会社を請負人とする昭和三二年三月頃の請負契約により、訴外兵庫建設株式会社が施工に当つたが訴外日本鋼材株式会社が請負代金を支払わなかつたところから建築中から所有権の帰属をめぐつて紛争を生じた。被告土田は昭和三三年一月二三日株式会社土田ビルデイング(代表取締役被告土田)を設立し、同社は訴外日本鋼材株式会社から本件ビルの所有権を譲り受けたとして昭和三三年五月頃から本件ビルを占有し、一階を訴外東急航空に、二階を西日本テレビに賃貸し、三、四階は弁護士である被告土田自身の法律事務所として使用してきた。そこで訴外兵庫建設株式会社から占有者を相手取つて訴が提起され係争中である。その後訴外東急航空、西日本テレビは本件ビルを退去したが、訴外株式会社土田ビルデイングは賃貸借の終了によるも敷金を返還しないため、訴外東急航空は同社を相手取つて係争中である。被告会社は昭和三三年五月二〇日、資本金五〇万円、取締役尾形一江(代表取締役)、角矢道彦、青木英仁の三名、監査役被告土田として、観光の事業・不動産の所有管理その他附帯事業をなすことを目的に設立された株式会社であるが、設立以来昭和三六年頃までは休業状態で事務所一つない状態であり、昭和三六年中に訴外東急航空が明渡した本件ビルの一階に被告土田の法律事務所の応接室と同居して形ばかりの事務所を設置したものであるが、株主配当をしていないのはもとより、諸税金も払つていない上見るべき資産も全くない。取締役三名も単に名義のみで、代表取締役尾形一江は家庭の主婦で被告土田の実姉にあたり、何等右被告会社の設立、営業に関与せず、原告との間の本件賃貸借契約にあたつても一切関与せず、本件において被告代表者本人としての尋問期日にも数度にわたる呼出にも応じない。一方、被告土田は訴外日本鋼材株式会社、株式会社土田ビルデイングの代表取締役であり、被告会社の監査役であるが、右三会社はいずれも本件ビルを本店所在地として登記している。そして被告土田は被告会社の監査役として取締役支配人その他の使用人となることを禁じられているにかかわらず実質上被告会社の代表者として、前判示認定の如く原告との間の賃貸借契約締結に当つての折衝、風俗営業許可申請にあたつての天満署での折衝・本件貸室内部改装に際しての指図、風俗営業許可申請に要する書類の交付についての種々の交渉にあたつたものである。そして被告土田は本件賃貸借契約書(乙第一号証)には貸主として被告会社の名義を記載したが、建設協力金名義の金二〇〇万円、賃料等も被告土田の計算に属し、本件賃貸借契約書(乙第一号証)、敷金領収証(甲第二一号証)、通知書(甲第一九号証)、等は被告土田ないし被告土田の法律事務所事務員の作成に係り、未払建設協力保証金についての金利の支払、月々の賃料、電気ガス等の附帯費用の徴収もすべて被告土田ないし被告土田の法律事務所の事務員がなしたものである。他方、原告としては被告会社には事務所すら存在しないと考えていたほどであるから、本件賃貸借契約書(乙第一号証)には貸主として被告会社の名義が記入されたことを知つてはいたが、現に被告土田が実質上の貸主としての言動をすることでもあり、被告土田と被告会社との法人格の異ることを異に解しなかつた。以上の事実が認められ、右認定に反する証人井上薫の証言部分、及び被告本人尋問の結果の一部は措信せず、他に右認定を動かすに足る証拠はない。
右認定事実によると、本件賃貸借契約は原告と法人格を有する被告会社との間で締結されたものであつて、被告会社の株式会社としての法的形態を全く軽視し去ることは許されないが、反面被告会社は見るべき資産も、さしたる営業の事実もなく、従つて納税の事実もないうえ、役員として名を連らねたものも単に名前を貸しているにすぎず、代表取締役は被告土田の実姉であつて、同社経営の任に当つている形跡は全く見受けられない状態であり、これらを総じて被告会社は株式会社としての実体を有しないものというべきである。被告土田は被告会社の監査役であるが、実質上の代表者の地位にあつたものであり、日本鋼材株式会社、株式会社土田ビルデイング、並びに被告会社の各法人格を巧みに使い分けてはいるが、その実質においてはいずれも被告土田個人の営業であり、殊に本件賃貸借関係にあつては賃貸借契約書上は貸主を被告会社としたが、その実質は契約の当事者として行動し、賃貸借契約上の利益も被告土田に帰属したものというべく、契約の相手方である原告としても、契約書上は貸主としては被告会社になつていることを知つていたが、これを単なる形式と受取り、実質上被告土田が貸主として責任を負担するものと考えていたものである。
してみると、賃貸借契約書上の貸主としての被告会社の法的形態を軽視し去ることは許されないが、被告土田が被告会社の実質的代表者として支配的地位にあり、本件賃貸借関係について被告会社の事業及び財産を個人のものの如く取扱い、被告会社と被告土田の業務とを混同して賃貸借契約上の利益にはあずかる一方義務を免れんとする限り、法律もまた契約の相手方の保護のため、被告会社と被告土田の人格の分離を拒絶し、被告土田に対し本件賃貸借上の債務ないし賃貸借終了に伴う諸債務を負担させる関係において又その関係においてのみ被告会社の法人格を否認し、その関係においては被告土田も貸主たる地位にあると解すべきである。法人格なる制度が、社団又は財団の法律関係を明確かつ単純化するために認められ、社会的に有用な機能を営み公共の利益に符合するための制度である以上、ある法律関係についてかかる制度の趣旨に反する法人格の利用がなされる場合には、その法律関係については法人格がないものとして、背後にある実体を把握すべきこと当然であるからである。ところで右のとおり法人格否認の法理は、法的形態の背後にある実体を把握することによつて契約の相手方の利益を保護するために認められた法理である。従つて被告土田に本件賃貸借関係上の債務を負担させる関係においてのみ被告会社の法人格は否認されるにすぎないものであり、法的形態を利用した被告会社としては、契約の相手方の犠牲において、法人格の否認されたことを利益に援用することは許されないものというべきである。してみると、本件賃貸借関係上の債務を負担すべきものとしての貸主としては被告土田及び被告会社の両者であるというべきである。そして、その反面において、原告に未払の賃料等があつて原告に対しその請求をする場合のように正当な権利行使の場合には法的形態に即して被告会社が貸主たる地位にあると解すべきである。
四、ところで、原告は、被告土田及び被告会社には原告のカフエー営業を可能にすべき債務につき不履行があつた旨主張するので判断する。本件賃貸借契約の目的は、原告においてカフエー営業をなすにあり、賃主たる被告等としては、原告がカフエー営業許可申請をするにあたつて必要な建築確認書・建築検査済証・土地家屋所有者の承諾書等を原告に交付する等、原告が本件貸室においてカフエー営業をするに適した状態におくべき債務を負つていたこと前判示のとおりである。そして原告は昭和三七年七月九日頃から訴外勝資朗、大崎泰三を通じ、また菅生謙三弁護士の力を借りて、又原告自身再三、被告土田に対し右書類の交付を要望したが昭和三八年一月末に至つても遂に交付のなかつたこと、一方訴外兵庫建設株式会社より明渡訴訟提起の予告があり、続いて同年二月二日原告を被申請人として現状維持の仮処分決定のあつたこと前判示認定のとおりである。してみると、被告等より右書類の交付がないために原告としてはカフエー営業の許可申請ができず、適法なカフエー営業ができないこと取引通念上明白であり、その上第三者より明渡しを求められ、右の如く仮処分決定を受けるに至つては本件ビルの真の所有者いかんにかかわらず、事実上正常な営業を継続するに適した状態ではなく遅くとも昭和三八年一月末には履行不能の状態にあつたものと認められ、右被告等の債務不履行は原告にとつて本件賃貸借契約の解除事由に該当すると解すべきである。
五、そして原告が被告土田に対し昭和三八年五月六日付内容証明郵便(甲第一八号証の一)で本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示し、右意思表示は同月八日被告土田に到達したことは当事者間に争いがない。そして被告土田は実質上被告会社の代表者であつたので、右意思表示は被告会社に対する関係においても到達しているものと解すべきである。してみると原告と被告等との間の本件賃貸借契約は同月八日限り終了したものである。
被告は、原告は昭和三八年四月一六日限り賃借権を放棄した旨主張するが本件全証拠によるも右事実を認めるに足る証拠はない。また被告は、本件貸室を含む本件ビルは被告等が正権原に基いて占有する旨主張するが、かりに然りとしても前判断を左右するものではない。
六、そこで原告主張の諸請求権の存否について判断する。
(一)、賃貸借契約終了による原状回復請求権。
(イ)、被告会社が建設協力保証金名義で昭和三七年六月一五日原告から金二〇〇万円を受領した(実質上は被告土田が受領したと認定すること前判示のとおり)ことは当事者間に争いがない。ところで被告等は右金二〇〇万円は昭和四二年まで据置とし、以後向う一〇年間で年賦償還とする約定であつたと主張し、原告は右事実を争わないが、右約定は本件においては適用がない旨主張するので判断する。成立に争いのない乙第一号証によると右約定は本件賃貸借と同時に設定されたものと認められる。そして本件賃貸借契約書を合理的に解釈すると、右金員についての約款は単なる消費貸借でも、敷金契約でもなく、消費貸借契約と賃貸借契約とが不可分的に結合した無名契約であり、賃借人としては賃借目的物における営業等による利益を期待し、その反面として賃貸人に金員を貸与し、その弁済につき期限と分割の利益を与えたものと解すべきである。してみると賃借人の一方的都合による解除の場合は格別、本件のように賃貸人の債務不履行に基く解除によつて賃貸借が終了する場合には、右のような有償関係がなくなる以上、賃貸人としてはもはや期限と分割等の利益を主張し得ないと解すべきである。してみると被告等は右金二〇〇万円の返還義務を負うものであり、結局被告等の抗弁は理由がない。
(ロ)、成立に争いのない甲第一二号証、原告本人尋問の結果(第一、二回)によつて成立を認める甲第二二号証の一、二、証人大崎泰三の証言及び右本人尋問の結果によると、原告は被告土田ないし被告会社に対し未払建設協力保証金一五〇万円につき月一分の割合による昭和三七年六月半月分、同年七月から昭和三八年一月分までの合計七・五ケ月分、一一万二、五〇〇円を支払つたことが認められ、これに反する証拠はない。してみると被告等は前(イ)項判示と同旨の理由で、右金一一万二、五〇〇円の返還義務を負うものである。
(二)、損害賠償請求権
(イ)、証人木下茂和並びに原告本人(第一回)の各供述によつて成立を認める甲第一三号証の一、二、三及び右各供述によると、原告は本件貸室内装工事費等として金一〇一万八、〇〇〇円を施工者の株式会社西脇建築デザインルームに支払つたこと(尤も、原告は金一一五万五、〇〇〇円を支払つているが、金一三万七、〇〇〇円相当の椅子等を搬出した。)が認められ、これに反する証拠はない。
(ロ)、原告本人尋問の結果(第一回)によつて成立を認める甲第一四号証の一、二及び右供述によると、原告は本件貸室配線工事費として施行者芝電気株式会に対し、昭和三七年八月三一日金二万三、七六五円を支払つたことが認められ、これに反する証拠はない。
(ハ)、証人大崎泰三並びに原告本人(第一回)の各供述によつて成立を認める甲第一五号証の一、二、及び右各供述によると、原告は本件貸室内のクーラー設置工事費として施工者株式会社小野勝商店に昭和三八年一月一六日金六万六、五〇〇円を支払つたことが認められ、これに反する証拠はない。
(ニ)、原告は風俗営業許可申請手続手数料として金七、〇〇〇円を支払つた旨主張するが、本件全証拠によるも右事実を認めるに足る証拠はない。
してみると原告は右(イ)(ロ)(ハ)合計金一一〇万八、二六五円の支出をしたものであるが、これは被告等の前記債務不履行により蒙つた原告の損害というべきである。
(三)、不当利得返還請求権
(イ)、原告は本件貸室の賃料は坪当り四、〇〇〇円であり、二一坪あるとして八万四、〇〇〇円とした旨主張し、不足坪数分の賃料を不当利得として請求している。証人勝資朗並びに原告本人各第一回の供述には賃料決定の方法について原告の主張に副う供述があるが右各供述だけでは原告主張事実を認めるに充分でなく、他に右事実を認めるに足る証拠はない。
(ロ)、証人大崎泰三、菅生謙三並びに原告(第一、二回)・被告本人等の各供述によつて成立を認める甲第一六号証の一ないし四、原告本人(第二回)の供述によつて成立を認める甲第二〇号証、成立に争いのない甲第一七号証の一ないし四に右各供述を総合すると、原告は本件貸室の普通電力使用料として昭和三七年九月分から同年一二月分まで合計二万二、七六〇円を被告土田に支払つたこと、被告等は本件ビル全体の普通電力使用料として昭和三七年九月分から同年一二月分までの分として合計金一万八、三〇四円を支払つたにすぎないこと、の各事実が認められ、かつ原告の普通電気使用料としては多くても本件ビル全体の普通電力使用料の半分を超えないものと推定でき、これを動かすに足る証拠はない。してみると昭和三七年九月分から一二月分までの本件ビル全体の普通電力使用料の半分である九、一五二円と原告が被告等に支払つた同使用料二万二、七六〇円との差額一万三、六〇八円は右期間中の原告の過払普通電力使用料というべきで、被告等は右金員を不当利得しているものであるから原告に返還すべきである。原告は昭和三七年六月一五日から八月末日までの分についても同率の過払があるとして返還を請求しているが、右二、五ケ月分として支払つた原告の附帯使用料は一万五、三四三円五〇銭(甲第一七号証の一)であり、これは同年九月分以降の一ケ月分の附帯使用料と大差のない額であること、附帯使用料には衛生費として一ケ月五、〇〇〇円の他にガス関係費も含まれていることを併せ考えると、昭和三七年六月一五日から同年八月末までの分についても九月分以降と同率の過払があるものと認めることはできないし、他に右期間における原告の過払額を認めるに足る証拠はないので、前記認定額を超える原告の主張部分は採用しない。
七、してみると、原告は被告等(債務を負担する関係においては被告土田及び被告会社両者が貸主と解すべきこと前判示のとおりである。)に対し右認定の合計金三二三万四、三七三円の請求権を有するものであり、原告の被告等に対する本訴請求中、右金員の支払と内金建設協力保証金名義の二〇〇万円につき被告等受領の日である昭和三七年六月一五日から完済まで民法第五四五条第二項による民法所定の年五分の割合による利息、及び残金一二三万四、三七三円についてはその支払請求の意思表示が被告等に到達した日(なお同日本件賃貸借契約が解除された。前顕甲第一八号証の一、二)の翌日である昭和三八年五月九日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるので認容し、その余の請求は理由がないので棄却することとする。右棄却部分につき原告の予備的請求原因につき判断するに本件全証拠によるも右請求を理由があると認めるに足る証拠はない。
そして前判示の諸事情を考慮すると、被告土田と被告会社の右債務は民法第七一九条の趣旨を類推して不真正連帯債務の関係にあるものと解する。
八、つぎに被告会社の反訴請求について判断する。
(1)、被告会社は昭和三七年一二月分(六万円)、昭和三八年一月ないし四月一五日まで(一月あたり八万四、〇〇〇円)の賃料が未払であると主張しているが、証人大崎泰三、菅生謙三並びに原告本人(第一、二回)の各供述により成立を認める甲第一六号証の四、及び右各供述に、弁論の全趣旨を総合すると、原告は昭和三七年一二月分及び昭和三八年一月分の賃料を支払つたことが認められ、これを動かすに足る証拠はない。原告は昭和三八年二月分も支払つた旨主張するが、本件全証拠によつても右事実を認めるに足りる証拠はない。してみると、原告は昭和三八年二月一日以降被告会社主張の昭和三八年四月一五日までの二・五月分の賃料が不払であるというべきである。そして前掲各証拠によると、被告会社は原告との間で、被告等がカフエー営業許可申請に要する書類等を交付するまでの間、賃料を一月あたり金六万円に減額する旨の契約をしたことが認められ、これを動かすに足る証拠はない。(原告の反訴抗弁(二)は右の主張を含むと解する。)。してみると原告の被告会社に対する未払賃料は金一五万円である。右未払賃料は債務の本旨に従つた提供のない以上支払を要しない旨の原告の主張は採用しない。蓋し被告会社にはカフエー営業許可申請に必要な書類を整備できなかつたなど前判示の如き不履行があつたが、原告において本件貸室の引渡をうけてその使用収益をなしている以上かかる不履行を理由に賃料の支払を拒むことはできないものといわねばならない。
(2)、被告会社の反訴請求の原因(2) は、前判示のとおり原告は昭和三七年一二月分の賃料を支払つているので理由がない。
(3)、被告会社は未払建設協力保証金一五〇万円についての昭和三七年一二月から昭和三八年四月一五日までの月一分の割合による金員を請求しているが、右約定金は前判示のとおり賃借人たる原告が賃借目的物における営業等による利益を期待してその反面として賃貸人に交付する有償的関係にあるものと解すべきであるから、被告会社が右期間中、原告のカフエー営業を可能にすべき債務を履行せず、ために賃貸借が終了した時点においてはかりに未払があつても、もはや請求し得ないと解すべきである。よつて被告会社の右請求は理由がない。
(4)、被告会社は昭和三七年一二月分から昭和三八年四月一五日までの電気代等の附帯費用を請求しているが、前顕甲第一六号証の四、証人大崎泰三、菅生謙三並びに原告本人(第一、二回)の各供述によると原告は昭和三七年一二月分の附帯費用を支払つていることが認められ、これを動かすに足る証拠はない。原告は昭和三八年一、二月分も支払つた旨主張するが、本件全証拠によるも右事実を認めるに足る証拠はない。してみると原告は昭和三八年一月一日から被告会社主張の同年四月一五日までの附帯費用について未払であるというべきである。そこで原告の負担すべき附帯費用の額について判断するに、前顕甲第一六、一七号証の各一ないし四、証人大崎泰三、菅生謙三、原告(第一、二回)、被告本人の各供述を総合し、弁論の全趣旨をも加味して考えると、電気使用料については原告も認めるところであるから、本件ビル全体の昭和三七年九月から一二月までの普通電力使用料の合計金一万八、三〇四円の半額を四分したその一に該当する金二、二八八円をもつて一月あたりの使用量とし、ガス使用量としては昭和三七年九月から一二月分までの使用量の総合計金一万一、八六七円を四分した平均値である金二、九六六円七五銭をもつて一月あたりの使用量とし、衛生費としては月額五、〇〇〇円とするのが相当である。してみると原告は附帯費用として合計月額一万二五四円七五銭の支払義務あるものであり、昭和三八年一月一日から四月一五日まで三・五月分合計金三万五、八九二円(円未満四捨五入)の支払義務があり、被告会社の右請求は右の限度で理由がある。そして被告会社の原告に対する正当な権利行使の法律関係においては本則に立戻り法的形態に即して被告会社が貸主であると解すべきこと前判示のとおりである。
九、してみると被告会社の原告に対する反訴請求は右認定の合計額たる金一八万五、八九二円と右金員に対する履行期の到来したと解すべき昭和三八年四月一六日から完済まで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるので認容し、その余の請求は理由がないので棄却することとする。
一〇、よつて訴訟費用の負担につき民訴法第八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条を各適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 西川太郎 中田耕三 宮良允通)